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アメリカ大統領選挙と歯周病の近くもないけど遠くもない話
2016年11月28日
去る11月8日に投票が行われた米大統領選挙、共和党ドナルド・トランプ候補が多数の大手メディアの事前予測を覆す逆転勝利を収めました。
トランプ大統領の是非についての議論は多々あると思いますが、それについてはひとまず脇に置くことにして、この選挙に関して個人的に興味深く注視していたことがありました。
ネイト・シルバーという名前を聞いたことがあるでしょうか?
彼は2008年の大統領選挙で50州中49州、2012年の大統領選挙では50州全ての選挙結果を正確に予測したことで有名な人物です。
実はこの人、選挙予想をする以前から名が売れています。
かなりコアなメジャーリーグファンにはピンと来るかもしれませんが、チームや選手の成績を予想するPECOTAというシステムを開発し、これを用いて米大リーグチームの正確なシーズン戦績を予測したことがあります。その予測手法はセイバーメトリクスと呼ばれ、ブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」のモチーフにもなっています。
そのような彼が今回の大統領選挙でどのような結果予測をするのか、そしてそれがどの程度正確なのか、ということが私的な興味の中心でした。
で、彼の予想とその結果はどのようなものだったか?
彼はヒラリー・クリントンの勝利する確率を71.4%と予想していました。
彼のサイトFive Thirty Eight(このサイト名の「535」は全米選挙人の総数です)に詳細があります。http://projects.fivethirtyeight.com/2016-election-forecast/
残念ながら、今回は彼も他のメディア同様トランプの勝利を予測できませんでした。
しかし、そもそも統計学というものは正確なデータ収集が大前提となりますから、事前調査の段階で内心トランプを支持しながらも表立って口に出さない人が想定以上に多数いたことが大きなバイアスとなり誤った予測を導いたと思われます。収集データが間違っていたり、大きなバイアスがあったりするような場合には、たとえどんな優秀な統計学者が解析しても間違った答えしか得られません。統計学ではデータの質が問われますが、どのようにデータを集めるかということが最も重要と言っても過言ではないのです。
そのような観点から言うと、大手メディアを含めてネイト・シルバーも、果たして人々が本当に本音を語っているのか?ということについてもう少し踏み込んで検証すべきだったのでしょう。
ただ、このことについてはネイト・シルバー本人も意識していたようです。
英BBCは以下のように伝えています。
(原文)http://www.bbc.com/news/magazine-37736161
(日本語記事)http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-37819864
シルバー氏は、多くの調査専門家は不確実性を十分に統計モデルに織り込んでいないと指摘。特に二大政党以外の候補者の人気や、まだ誰に入れるか決めていない有権者の多さを考慮する必要があると強調する。
シルバー氏はそれでも「たぶんクリントン氏が次の米大統領になるだろうが、もしトランプ氏の支持者ならまだあきらめない方がいいし、もしクリントン氏に入れるなら、もう安泰だなんて思わない方がいい」と書いている。
(Five Thirty Eightの原文)
結局このような物事を予測するには、集めたデータが正確であればその後は科学的(統計学的)手法の問題となりますが、最終的には“人の心をいかに理解するかということがもっとも重要である”という何とも当たり前なことに帰着するようですね。
ところで、選挙の2か月ほど前にアメリカ人の患者さんと大統領選挙の話になった際、彼はトランプが勝つだろうと言いました。
その時私はジョークのように捉えていましたが、彼は本気でそう思っていたようです。彼はトランプ支持者ではないのですが、仕事でサンフランシスコへ行った時に周囲の雰囲気が想像以上にトランプ支持を醸し出していたそうです。
当時大手メディアは、トランプ支持者は低所得の白人男性が多いとする向きがありましたが、シリコンバレーを擁する高所得者の多いこの地でも、一概に圧倒的ヒラリー優位ということでもなかったようです。
彼にどちらに投票するのか尋ねたところ、”I gave up”とのことでした。
「もう諦めた」とは、その時既に米国民レベルでは“選挙の流れがトランプ”というのは肌で感じられるほどだったのかもしれません。
ネイト・シルバーが今回の大統領選挙の結果予想を外したとはいえ、彼が解析・予測能力に秀でていることに変わりはなく、私が彼に注目したのもこのことに尽きます。
2008年の米大統領選挙当時、私は「歯周病の発症や進行の予測」というテーマに興味を持ち学会発表を行っていました。それに関連して統計学的手法の実質的な運用について勉強していたところ、ネイト・シルバーの業績を知ることになったのです。
その後2009年に歯界展望という歯科業界紙に記事を書いた際、彼についても触れたのですが、校正の段階で削ることになってしまい、そのことが今でも少し残念に思っています。
(「歯周病リスクシミュレーター(P-RS)の臨床応用」 医歯薬出版 歯界展望 Vol. 113 No.5 2009-5)
以下その時ボツになった文章です。
_____________________________________________________________________2008年5月6日、米大統領選挙民主党候補者を選ぶ予備選がインディアナ州とノースカロライナ州で行われた。
インディアナ州では2ポイントの僅差でヒラリー・クリントンが勝ち、ノースカロライナ州では14ポイントの大差をつけてバラク・オバマの勝利であった。
この結果は大手メディアの世論調査による予想とかけ離れていたため、それを受けて両候補以外に注目を集めた人物がいた。
彼は自身のサイト(http://www.fivethirtyeight.com)の予想でこの結果をほぼ的中させたのである。
ブログ名ポブラノ、本名ネイト・シルバー。
この名前を聞いただけでピンときたら、よほどの大リーグ通である。
彼は野球チームや選手の成績を予想するPECOTAというシステムの開発者であり、過去にはこのシステムを用いて米大リーグチームの正確なシーズン戦績を予測した実績を持つ。
彼は言う「野球も政治もデータがものをいう。ただ、たいていはデータの使い方がまちがっている。」(NEWSWEEK 2008年6月18日号)
歯周病を論じるべき場で政治と野球の話は唐突だったかもしれない。
しかし、シルバーが実際に行ったように、分野を異にしても複雑なデータを扱って正確な予想を立てるという一連の行為は同じである。つまり歯周病を含めた多因性疾患の病態を予測することにおいても、集めたデータをどのように分析し意味あるものにするかという方法論が重要なのである。
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今後、病気の診断や進行予測に関する数学的統計モデルは、AIなどの進歩によって加速度的に臨床現場での運用が進むことでしょう。
しかし、歯科の分野ではまだまだ基礎的な部分で立ち遅れています。
歯周病に関していえば、解析をするための最も重要な基本的なデータ収集ということさえ不十分です。
現在、歯科医師過剰が言われているものの、このような基本的で地道な仕事をする人材は不足しています。
先日ノーベル賞を受賞された大隅良典東工大名誉教授が「少しでも社会がゆとりを持って基礎科学を見守ってくれる社会になってほしい」と受賞会見でも繰り返していたことが記憶に新しいですが、実社会で役に立つ物事の全ては基礎があって成り立ちます。
今後私も臨床に力を入れつつも、バックボーンとなる基礎的な研究にもさらに興味を持って取り組みたいと思います。